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大阪地方裁判所 昭和27年(ワ)2965号 判決

主文

被告は原告に対し金二〇萬円とこれに対する昭和二七年八月三〇日から支払ずみまで年五分の割合の金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分しその一を原告の、その余の被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り原告が金五萬円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

(省略)

理由

一、原告が昭和八年四月六日生で昭和二四年四月頃より株式会社大陽鉄工所に勤務していたこと、被告が東邦産業株式会社の代表取締役であること、昭和二五年六月頃より原告と被告が知り合い交際するようになつたことは当事者間に争がない。

証人一松まきの証言と原被告各本人(各第一、二回)(但し後記信用しない部分を除く)を綜合すると、昭和二五年六月頃被告は原告(当時一七才)の会社からの帰途を待ちうけてこれを誘い一緒に喫茶店、映画見物等に行く様なことがありその間鏡台、タンス、オーバー、針箱、海水着、靴等を買与えて原告の歓心を買うことにつとめたが、昭和二五年一〇月初頃戸籍上の妻根室正子のあることを秘して原告に結婚を申込んだこと、原告は被告の親切にほだされ次第に被告に対し愛着を感ずるようになつていたところより原告の右申込を承諾したこと、その頃大阪市内心齊橋筋の日の丸ホテルにおいて原告は被告より肉体関係をもとめられるままにこれを許し処女を失うにいたつたことを認めることがき、原被告各本人(各第一、二回)尋問の結果中右認定に反する部分は信用しない。

昭和二五年一〇月一〇日頃原告の母が被告の経営する東邦産業株式会社の留守番兼雑役婦として雇われ同時に原告及びその母妹が同会社内に居を移すにいたつたことは当事者間に争がなく、証人一松まきの証言、原告本人(第一、二回)尋問の結果及び被告本人(第一回)(但し後記信用しない部分を除く)尋問の結果を綜合すると、同月一七日頃原告と被告との仲に気づいた原告の母が被告と同会社二階応接室で対談した際、被告は原告の母に対し「自分には妻子があつたが離別し、その後山口家へ養子にいつて同家の娘と結婚したが死別し現在独身である」「昭和二六年四月には結婚式をあげ且入籍する」等と言つて原告の母に対し原告との婚約につき同意をもとめたので、原告の母も被告の言を信じその同意をあたえたこと、その後原告は母より右対談の内容をきき母とともに被告の言を信じた結果被告とともに時々外泊し被告よりもとめられるまま肉体関係を継続したことを認めることができ、被告本人(第一、二回)尋問の結果中右認定に反する部分は信用できない。

そして成立に争のない甲第一号証の一、二、三、証人一松まきの証言、原被告各本人(各第一、二回)尋問の結果を綜合すると、昭和二六年一月一八日頃原告とその母妹は被告より要求せられるままに豊中市麻田五三番地の一所在の家屋に移住し同所で原告の母名義で駐留軍相手の酒場の経営にあたるようになつたこと、そしてその後も被告は殆んど毎日のように同家を訪れ或は原告を誘つて外泊し或は同家において原告と肉体関係を続けていたが、昭和二六年一二月頃原告の母が入籍を強く要求する等のことがあり同人と口論の末被告は同人を殴打してその歯を二本折るにいたり、このことがあつてから被告は原告との関係を断つにいたつたこと、原告は当初被告の言により被告に妻がないものと信じていたが被告と前記のような関係を継続中被告より妻のあることを聞き知つたが、なお被告との関係をたつにいたらなかつたことを認めることができる。

二、そこで原告の主張について考えてみるのに、原告は被告との間に婚姻の予約が成立したと主張するが、前段認定の事実によれば被告には妻があるものであり、かような場合に被告が原告と婚姻することを約しても真意にあらざるものというほかなく、又仮りに被告がその妻と離婚することを条件に婚姻することを約しても民法九〇条によりその予約は効力がないものというべきであるから、原告のこの点の主張は採用できない。

次に原告主張の不法行為の点について考えてみるのに、前段認定の事実によれば被告は未成年の原告に対し婚姻の意思がないのにあるように装つて原告を欺きその処女を奪い、その後も原告が被告より被告に妻のあることを聞知するまでの間原告をして結婚の希望を抱かしめこれを欺罔して来たことは否定し得ないところであるから、被告が不法に原告の貞操を弄びこれを侵害して来たものとなすべく、被告は原告に対し右侵害によつて原告の蒙つた精神的損害を賠償すべき義務があること明らかである。もつとも原告は真実被告との婚姻を期待するのであれば当然被告の身元についても調査すべきであつて、若しこの調査をすれば被告には妻があつて到底被告との婚姻の望はないことが判明したはずであり、従つて被告との関係をもつにいたらないか、然らずとしても早期にこれを清算しえたであろうと思われるが、このことは損害賠償の額を算定するにつき斟酌されることはあつても、被告が原告に対して負う賠償の責任には何等の影響を及ぼすものではない。

三、進んで損害賠償の数額について考えてみる。

証人一松まきの証言と原告本人(第一、二回)尋問の結果を綜合すれば、原告の父は昭和一九年戦死し、原告は石川県立小松高等女学校三年中退の学歴を有すること、原告及びその母は酒場経営等水商売の経験がなかつたにもかかわらず被告との関係によつて現に酒場の経営をなすにいたつたことを認めることができ、被告本人(第一、二回)尋問の結果を綜合すると、被告は原告より一九才の年上であり、払込済資本額二八八萬円の土建業東邦産業株式会社の代表取締役であつて同会社の株式の二分の一を所有し株式配当をあわせ月収一二・三萬円であることを認めることができ、これらの事情と前認定の諸事情を考え、更に前記のように原告においても被告と関係をもつにいたらず或はもつたとしてもその関係を早く清算すべき機会がなかつたわけでないこと等の事情をもあわせ考えるときは、当裁判所は賠償額は金二〇萬円をもつて相当と考える。

四、よつて原告の請求中金二〇萬円とこれに対する訴状送達の翌日(昭和二七年八月三〇日)から支払ずみまで年五分の割合の損害金の支払をもとめる部分は正当として認容し、その余はこれを棄却すべく、民事訴訟法八九条九二条一九六条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 山田鷹夫)

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